山一證券の思い出

昨日の記事でちょっと触れた山一證券だが。

山一證券なつかしす

山一と言っても、最近の若いもんには何その聞いたこともない証券会社と思われるかもしれんが。昔は野村とかと共に、日本の四大証券と呼ばれてた最大手の一角だったが。上記リンク先の通り、不祥事であぼーんしたわけだが。

ちなみに、ネット証券がまだ誕生する前の時代、私が最初に作った証券口座がここだったんだが。当時は今と違って身分証とか求められないから、確か未成年だったはずだが何も言われず口座作れたな。

それはともかく、何の力もない一般人がどうして証券会社に興味を持ったかというと。当時バブルだったか高金利時代だったかで、専門誌じゃない週刊誌とかでもしきりに金融商品を紹介してるのを読んでなんだが。実際、証券会社に口座を開くきっかけとなったのが、スーパーゴールド(金貯蓄口座)だったりする。

なお、山一にした理由は家から一番近い大手証券会社だったから。

スーパーゴールド(金貯蓄口座)

スーパーゴールド(金貯蓄口座)とは、名前の通り金に投資する商品だった。当時の記憶を辿ると、年間税抜400円(3年だとちょっと割安)ぐらいの口座管理料が必要だった気がする。投資金額は最低10万だったかな。利回りはそこそこだが、元本は保証されてたような。他に利回りが高い商品があるのに、口座管理料が必要なこれにひかれたのは、1週間複利ってとこだったりする。

当時の雑誌か証券会社の売り文句だと、50万を10万ずつに分けてスーパーゴールドに預けると、お金が必要な時にいつでも下ろせるからおすすめみたいな感じだった。山一の場合だと実際には、今みたいなネットも即時出金もないので、前営業日までに電話で出金の旨を伝えて、翌日店舗で受け取るみたいな感じだったが。店頭で必要なのは、山一のカードとハンコだったはず。ハンコは暗証番号でも代用できたと思った。

当時は、数カ月ごとに郵送で報告書送って来て、1週間複利で金が増えるのを見て喜んでいた。FXのスワップや毎月分配型投信みたいな、定期的に小銭の入る商品が好きなのは、この頃の原体験が原因かも知れんな。

確か、最初の40万ではじめてたけど1回解約した記憶はあるが。これ見るとその間に、10万引き出したみたいだな。で、それから全解約して20万を再度20万円を別コースではじめたのかな。報告書はその後、コスト削減のためか封筒からハガキで送ってくるようになったが。

これは半年ごとの報告みたいだから、だいたい20万で年間3,000~4,000円の分配金が付いたんだな。税引前の利回りだと、概算で1.5~2%ってとこか。

余談だが、昔の店舗構えた証券会社だと、ミジンコだろうとゴミだろうと一人一人担当がついたんだが。もしかすると四大証券クラスのみか、大和や日興は違うのかもしれんが。それはともかく、これは担当が変わった時にもらった紙っぽい。個人的にはほとんど担当の世話になる機会はなかったが、たまにセールスの電話がかかってきたな。

中期国債ファンド・公社債投信

その後スーパーゴールドの利回りが下がって解約したと思ったが。電話で連絡した時に、ご一緒にポテトはいかがでしょうかと言わんばかりに勧められたのが中期国債ファンド(以下、中国ファンド)と公社債投信だったような。どっちも元本割れリスクが低いかないかで安定してるって理由と。中国ファンドは最低額と最低単位があるから、半端な額は1円から投資可能な公社債投信って感じだったかな。

中国ファンドと公社債投信の報告書というか、これは残高照会っぽいな。

たまに店頭で金下ろす時とかはこういう封筒を使ってたらしい。ちなみに、窓口まで行かなくてもカードと暗証番号でATMから下ろせたらしいが、使ったことというか見たことない気がする。提携ATMがあったかどうかも記憶ないけど、なかったと思う。

今回の感想

そんな訳で、山一證券なつかしす。

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