「惡の華」押見修造
こないだ、イーブックイニシアティブジャパン eBookJapanで押見修造の「惡の華」を買ったって話をしたが。この作品を読んだきっかけは、「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」の作者だと知ったことだったが。その前に「惡の華」がアニメ化された時に、興味を持った事を思い出した。タイトル見て、ボードレールかよって思って調べたら、本当にボードレールの「惡の華」から着想を得た作品だった。ボードレールの「惡の華」なら、5冊持ってる私がなんでチェックしなかったのか。その理由も判別した。アニメの絵柄見て見る前から切ってたんだ。
「惡の華」コミック感想
ちなみに、コミックの「惡の華」を全巻読んだ感想は。6巻までは期待通りの面白さだけど。7巻以降では、求めていた物とは違うと感じたが、それなりには楽しめた。ラストはそれほど心に残らなかったかな。まあ、少年漫画だからこういうオチの付け方なんだろう。単に、自分が年取っただけか。
個人的には6巻までは一気に盛り上がるんだけど、そこがピーク。その後は普通の漫画って感じかな。
「惡の華」ボードレール
作中には、ボードレールの「惡の華」が出てくるけど。余談だが、「惡の華」を読むなら最初に登場した堀口大学訳より、その後のちくま文庫の「ボードレール全詩集」1巻の方がいいんじゃないかと思う。私が学生時代最初に読んだ本の文庫版で、訳者は阿部良雄。阿部良雄訳自体はそれほど好きじゃないけど、解説は一番充実してる。なので、内容を理解したい人にはいいと思う。
けど、個人的に一番好きなのは、岩波文庫の鈴木信太郎訳だったりする。フランス語が読めるわけではないので、翻訳の正確さとかは分からないが。読んでて一番グっとくるのがこれ。本の感想なのに、文章ではうまく伝わりそうにないな。まあ、この手の類は頭よりも、セブンセンシズで感じた方がいいんじゃね。というわけで、手元にある4冊の訳を引用しとくんで。興味ある人には多少の参考にはなるんじゃないかな。可能なら、リアル本屋で読み比べてみた方がいいだろうけど。
ちなみに引用してるのは、栞が挟んであった詩「L’Irreparable」の最初の部分。
鈴木信太郎
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取返し得ぬもの
老いぼれた、長い月の悔’恨’を 絞め殺すことが出来ようか。
蛆虫が死人を喰らひ、靑蟲が
樫の木を喰ひ荒らすやうに、俺たちを食物にして
生きて、動いて、のたうつてゐる
執念深い悔’恨’を 俺たちは 絞め殺すことが出来ようか。
この引用だとほどほどだが。実際は、旧字と旧仮名遣いのオンパレード。ルビ振ってないのも多数あるので、辞書で調べながら苦労して読んだ記憶が。訳のほかに、解説もそこそこ多いし、付記にはヴァレリーの評論もある。それと年譜の編者が、ちくま文庫版の阿部良雄。
個人的には、独特のリズムと格調高い文章で、ボードレールのダンディズムを感じさせるこの訳が一番好き。
堀口大學
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取返へしのつかないもの
「悔恨」の息の根は、止めてやれないものか知ら?
年月長く僕等に住みついて、息づき、動き、のたうちまはり、
蛆が死體を、松毛蟲が松を、あらすとそつくりに、
僕らを啖つて肥え太る
しぶとい彼奴「悔恨」の息の根は、止めてやれないものか知ら?
これも古い訳だから、結構読みにくいんだよね。新潮文庫にも若干の解説があるんだけど。後ろのページに「註」でまとめてあるから、読むのが面倒。その点岩波・ちくまは、ページ下部に解説用のスペースが割り当てられているから、各詩の解説を読むのにページ移動する手間が省ける。それと、詩のタイトルが和訳のみで、原題が書いてない。まあ、余計な解説とかが目に入らない方が、詩の内容に没頭できる人もいるだろうし。フランス語が分からない読者には、原題なんてなくても同じかもしれんな。
ただ、一人称が僕なのがちょっと引っかかる。なんというかこの文体だと、なよっとした印象なんだけど。どう読んでも、中坊があこがれるようには見えない。まあ、「内容良く分からないけどこの本読んでる俺は他の奴らと違う」とか思いたい人は、別に文体とか気にする必要はないのか。
阿部良雄
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取り返しのつかぬもの
おし殺すことができようか、古くて、長い<悔恨>の奴
生きて、うごめき、身をくねらせ、
私たちを餌食にする、まるで死人を食う蛆虫か
樫の木を食う毛虫のような、
情け容赦もない<悔恨>を、おし殺すことができようか?
今回引用した中では、一番読みやすいんじゃないかな。単に、現在の文章に近いからだろうが。ちくま文庫のいいところは、ボードレール全詩集〈1〉〈2〉を買うと、詩に関してはボードーレールの全作品を網羅できるところ。当然私は両方揃えたけど、2巻は読んでないような。
安藤元雄
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この他に、集英社文庫の安藤元雄訳も持ってるんだけど、ちょっと見つからなかったので今回は割愛。
Richard Howard
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ついでに英訳も紹介しておく。流石に英語で詩の解釈となると素人には判断できないので、あくまで参考に。
The Irreparable
Who can destory this old, this long Remorse
which fastens on our heart
and fattens there like weevils in an oak
or vermin on a corpse?
How shall we kill implacable Remorse?
オリジナルを機械翻訳してみたら、なんかこの英訳かなりの意訳っぽい気がする。
Charles Baudelaire
という訳で、オリジナルのフランス語も載せておく。
L’Irreparable
Pouvons-nous etouffer le vieux, le long Remords,
Qui vit, s’agite et se tortille,
Et se nourrit de nous comme le ver des morts,
Comme du chene la chenille?
Pouvons-nous etouffer l’implacable Remords?
Google先生の仏英翻訳だとこうなった。
Can we stifle the old, long Remorse
That lives, moves and twists,
And feeds us like a worm from the dead,
As the oak caterpillar?
Can we stifle the relentless Remorse?
Excite先生だとこう。
Can choke ourselves the old, the long Remorse,
Who lives, be agitated and wiggle,
And eats of us as the worm of the deaths,
As the oak the caterpillar?
Can we choke the implacable Remorse?
この英訳が正しいとするなら、日本語の訳は結構原文の意図を読み取ってるように思える。
今回のまとめ
押見修造の「惡の華」を読んでボードレールを読んでみようと思ったなら。押見リスペクトなら、読みにくさを覚悟して堀口大学。内容を理解したいなら無難に阿部良雄。訳の格好よさなら鈴木信太郎なんだけど。これは人によって感じ方が違うからな。
まあ、ベストは原文のフランス語なんだろうけど。そんな事が出来る人はごく少数だろう。そんな訳で、何冊か読み比べて自分がしっくりきた訳を選べばいいんじゃないかな。
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