この世で一番大切なことはOSじゃなくてやっぱりアプリだと思うでしょ


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Windows 7終了余波?

なんか、Windows 7のサポート終了で苦労してるっぽい人の記事を見たんだが。昔、Macintoshの専門誌でアプリのバージョンアップしたら旧版で保存したファイルの互換性に問題起きて、1日ファイルコンバートに費やしたみたいな話を思い出した。

パソコンに詳しい人には、私が単に操作法を知らないだけであると判断される場合もあると思うが、ひとまず私の恨み節を記してみる

会員登録しないと読めないからオチは不明だが、本人も専門外のことみたいなこと書いてるんだからあまりつっこまないけど。ぶっちゃけこれ、スーパーファミコン買ったらファミコンのゲームが使えなくなったみたいなもんだよな。知らんけど。

ちなみに、筆者はPCでDTMとかやってるっぽいが。昔、MacintoshのOSがMacOS Xだったかになって旧MacOSが切り捨てられた時、仕事で使ってるアプリがOS Xに対応するまでは旧Mac使い続けてたって話を思い出した。

これまでの私の経験を書くが、90年代末、高価なソフト(作曲ソフト)とその関連機器(ソフトに付随する音源装置)を勇んで購入したものの、改版されたとたんにこれが使えないと知って、唖然としたことがある。

このケースだと、Windows 7 PCそのままネット繋がずスタンドアロンで使い続ければいいんじゃねって気がするかな。まあ、商用アプリとかのしがらみがなければ、コメントにもあるLinuxで良くねって気もするが。なんだかんだ言っても、PCってアプリさえ動けばOSなんかどうでもいいんだよ(個人の感想です)

今回の感想

そんな訳で、Microsoftも慈善事業で商売やってる訳じゃないだろうし、10年前の商品を延々とサポートしてたら全世界の社員がおまんまの食い上げだから仕方ないんだろうけど。

それでも、この記事の1ページ目は正論だと思うかな。

特に今回のように、以前のOSへの支援がなくなり、否応もなく「改版」(バージョンアップ)しなければならなくなると、なぜこんなにも日本マイクロソフト社(以下MS社)の都合に合わせなければならないのかと、恨みたくもなる。

以下余談

.txt

ちなみに、最初に書いたMacintosh雑誌の話って編集長のコラムだったと記憶してるが。確か、一流出版社の偉い人がこんな非生産的な作業をしなきゃならないのかって感じで、レ目になったかは知らんが悟を開いたような心境になったらしい。その結果、この世で信じられるフォーマットはプレーンテキストだけでファイナルアンサーってオチだったような。

まあ、私がテキストファイルにこだわるようになったのは確か20年以上前、そのコラム読んだ後からだということにちゃんと自分で気づいてないのに、今回これ書いてて思い出した。

けど、今ではMicrosoftも.docとか.xlsのファイル仕様を公開してるっぽいから、そこまで.txtにこだわらなくてもいいのかもしれんが。それでも、文章とかはテキストエディタで開けないファイルはクソとか思ってるのは、未だに引きずっているのか、私気になります。

まあ、ファイル形式はオープンフォーマットに限るでファイナルアンサーなんじゃね(個人の見解です)

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