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生活保護

私は働きたくないダメ人間な男だが、どうにも許せないものがいくつかある。そのうちの一つは、生活保護を正当な権利だと思っているような人間だ。

生活保護受給者には、まじで制度に頼らないと生きていけない人たちもいるのは理解してる。とりあえずそういうケースは除外する。今回、許せないと言ってるのは、憲法25条で「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められてるから、生活保護を受けるのは当然の権利だとかいう人。例えば貧BP氏のような。

生活保護を権利として正当化する

低所得ながら、最低限の金を貯めて働かずに暮らしたいと思っている私とは、働きたくないという点では共通するが。生活保護に関しては、考え方がまったく違う。

ちなみに、私個人の生活保護に対する考え方は、以前にマルサスの人口論について書いた記事で述べたとおり。簡単に言うと、生活保護が手厚すぎると労働意欲が下がるので、そうならない程度に改悪すべき

生活保護受給者って現代の貴族階級だよな

まあ、「生活保護を正当な権利だと思っているような人間」を許せないとは書いたが。この手の人たちを、別にどうこうしたい訳じゃない。憲法19条でも「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」とされてるしね。どちらの考えが正しいと思うか、これを読んだ人が判断してくれれば、それでいい。

生活保護は正当な権利なのか?

上述した貧BP氏の主張は長すぎるので、論点を単純化させてもらう。具体的には、生活保護は正当な権利か否かについて。

まず貧BP氏は、生活保護を正当化する根拠として、憲法25条を上げている。「健康で文化的な最低限度の生活」についての定義は今回は無視するとして、25条についての異論はない。

ただ、憲法27条の「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」についての見解はどうかと。ちょっと長いが引用すると。

ここで「勤労の義務」を持ち出す人がいます。権利を主張する前に義務を履行するのが筋だというわけですね。ですが、憲法における勤労の義務とは、誰に対して課せられたものなのでしょうか?
これは、国家に対して課せられていると考えるのが筋です。勤労の義務とは国家が負っている義務です。国家は国民が勤労出来る場を提供する義務を負う。これが正解です。

(ただし、これは一説にすぎないという意見もあります。一般的な認識通り、国民が勤労の義務を負うと考える。この点はそれこそ学者が専門家として喧々諤々の議論をするような内容、いわば彼らの仕事そのものですので、ここで是非について深入りすることは避けておきます。私が立つ立場は、勤労の義務は国家に課せられたものであるということだということです。
簡単に、ウィキペディアを引用しておきます。
現代的・立憲主義的憲法においては、国家の構成員が、国家に対し国家の構成員の権利・自由を擁護すべき義務を課す
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E5%8B%99
ちょっと難しい話ですが、憲法尊重擁護義務というものがあります。これが国民に対して課せられていると考える人がいるのですが、これも、権力者たる政治家や官僚、公務員、そして、天皇に対して課せられているとするのが妥当とされています。国民に義務があるとしたら、それは、彼らが憲法違反をしたりないがしろにしないように見張る義務というようなものになるでしょうか。)

まず、下記の条項については、一般的には国民の3大義務としてしられていると思うが。労働が義務というのには異論はあるけど、それは置いとく。

26条2項「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」
27条「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」
30条「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」

貧BP氏は、Wikipediaの「義務」のページから引用して自説を説いてるが。これは「法的義務」の項目の説明文からの引用。憲法の「勤労の義務」について書いてるなら、「憲法の義務規定」からの方が適切だと思うが。また、引用の後に、「憲法尊重擁護義務」について書いてるけど。これは憲法第99条、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」に関する事。確かに、ここで義務を負う対象に国民が含まれていない。それでも、別途条文で「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」と定めているんだから、普通に読めば、勤労の義務を負ふのは国民ではないか。

ちなみに、引用元のWikipediaにはこういう記述もある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E5%8B%99

日本国憲法には、国民の義務として、教育の義務(26条2項)・勤労の義務(27条1項)・納税の義務(30条)の3つを定めている。これらは一般に、「国民の憲法上の義務」あるいは「国民の三大義務」と呼ばれる。諸外国の憲法には、人権規定の中に義務規定を置くものが多い。日本国憲法もこれに倣い、人権規定を定めた第三章の中に義務規定を置き、その標題を「国民の権利及び義務」としている。

説明の根拠にWikipediaというのは置いとくが。そのWikipediaに、「「国民の権利及び義務としている」」と書いてあるんだから。勤労の義務が「国家に対して課せられていると考えるのが筋です」というのはどうかと。

権利の濫用は、これを許さない

民法第1条にはこういう条文がある。

1条  「私権は、公共の福祉に適合しなければならない」
・  2項「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」
・  3項「権利の濫用は、これを許さない」

憲法にもこれと似た条文がある。

12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」

これを読めば、権利とは自分に都合よく行使できるものではないことが分かってもらえるだろう。度を過ぎた要求は権利の「濫用」となる。憲法25条を盾にとって、生活保護が正当な権利だと認めない奴は、憲法第25条を理解してないみたいな事を言ってる貧BP氏だが。個人的には、自分の都合のよい条文だけを持ち出して、持論を展開してるようにしか見えない。

生活保護法

それから、生活保護法の第1条に目的が書かれているが。それには、「この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする」と記されている。

つまり、憲法25条に基づいているが、同時に「自立を助長することを目的」としているんだよね。他にも

第4条「保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる」

という事だから。資産以外にも「能力その他あらゆるもの」を活用する必要もある。

今回のまとめ

そんな訳で、生活保護は憲法第25条に基づいた制度だから、要件を満たす人にとっては正当な権利だとは思うが。だからといって、自助努力なしで威丈高に権利だけを主張するのは間違いではないか。

なんだかんだ長々と書いたが。私の言いたいことはいたってシンプル。生活保護が手厚くなると労働意欲が下がるので、そうならない程度に支給水準を下げるべき。まあ、生活保護以下の低所得者の労働環境を改善しない限り、労働意欲が上がることもないと思うけどね。働きたくねぇ。

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